異界からのサイン  著者 松谷みよ子 筑摩書房

装禎・多田進 装画・カット松本孝志 2004910日第一刷発行  ISBN4-480-85777-X C0039

異界からのサインカバー画像

もくじ

ジオジオジオ
 19946月、ニューカレドニア在住の息子が一時帰国した。どういうわけか全身が凝って、あまりつらそうなので背中を揉んでやった。久しぶりだから話も弾んで気がついたら夜中の二時ごろになっていた。
 「なんてひどく凝っているの」
 親だから、気のすむまで揉んでやって、
 「さ、これでおしまい。もう寝ましょう」
 と、肩をパンパンと強く叩いて、そのあと背中を撫でおろした。
 そのとき、ジオジオジオというふしぎな声が、息子の胸のあたり、心臓のあたりからした。その声はジオジオジオと鳥のように喘きながらするりと私たちの間を飛びぬけ、南の窓のカーテンがかかっているガラス戸を抜け、外に出てもまだジオジオジオ、と聞えていたが、次第に遠ざかった。
 息子と私がたしかに聞いた声だった。
 しばらくして、外でカラスが一声ないた。幼いというか、ふつうとすこし違う声で、夜中のことではあり、
 「今のはカラスだね」
 と息子とふたり、同時に言った。
 やがて空が明るくなり息子は、なんだか胸がらくになったようだと言った。
 ニューカレドニアの霊能者に、あなたには黒い人が頼って憑いているといわれた。もしかしたらとり憑いていた悪いものが僕のからだから抜け出したのかもしれない。
 あとで聞いたところによると、悪いものがとり憑いたとき、強く叩くといいという。肩や背中をパンパンと叩いた、あれがよかったのかもしれない。
窪山光子さんの話である。
魂を見送る猫/猫のお悔み/猫の湯治/死を知らせた猫/肥った子/蚊帳の外で/わたしが抱いているよ

ケンムンのお茶碗/学校の帰り、ケンムンに会う/神かくしか、豚の祟りか/メンドリからのサイン/死んだ日を知らせる/どこまでもついてくる死者/日原の登山者の話/山小屋の怪

蝶の訪れ/蝶になって/冬の蝶/虫になって/蜘蛛になる/白い鳩になってくる/三つの子/おとまりの怪/夜泣き/
抜け出した魂
 中学のときの音楽の先生が話してくれたの。その先生が小学校の三、四年生のころ、昼寝していたんだって。そうしたら急に金縛りにあって、苦しくて、凄く苦しくて、そのうち急にがくっと楽になったと思ったら、そのとき自分の体から魂が抜けていたんだって。
 下に自分の寝てる姿が見えるんだけど、凄く引きつっているっていうか、突っ張って苦しそうなんだって。その体はそのままなのに魂だけが浮んでいて、なんか凄いことが起ったなあと思って、このことをお母さんに言わなくっちゃ、と思ったら、魂が自然にお母さんのいる方へ行っちゃったんだって。
 ふわふわ浮んで行くとね、二つ部屋があってその向こうに、お客さんとお父さんとお母さんがいて、ドアの隙間からひゅっとその部屋に入ったんだって。
 それでお母さんのそばへ寄って、一生懸命お母さん僕ここにいるよ、ってお母さんのまわりをまわるんだけど、全然気がつかない。
 いくらやっても無駄だかち、僕がここにきた証拠をあとで話そうと思って、机の上に置いてあるのはりんごとみかんだな、とか、ナイフはこのへんだなとか、あ、お客さんがタバコの吸い殻おとしたなとか、しっかり頭に入れたんだって。
 そしたら、気が休まったんだか、そのまますうっと自分の身体に戻って来たんだけど、カチカチに強張った身体にぴゅーと戻ったとたん、わーっと大声出しちゃったんだって。その声があんまり凄かったんで、お母さんが走ってきて、
 「どうしたの、どうしたの」
 ってゆすぶられて、やっと元の体になってね、今までのこと、全部話したけど、嘘でしょうって。で、りんごがあって、みかんがあって、ナイフはこうこうで、そうだ、お客さんがタバコの吸い殻おとしたでしょう、じゅうたんの上に、それであわてて、とか見たことみんな話したら、お母さん、
 「まあ、貴重な体験したんだ……」
 って、びっくりしたって。それから、その先生、予知能力がついたんだってよ。
1983年、311日、娘の友達が語ってくれた話である。

染色の人/あの世とこの世の境で/とみねえや/雨降っと/水子地蔵/お豆腐屋さん/死ぬとき姿を見せた人

もうひとりの私/誰にも知られず住みつく/父のこと/煙となって立ち上った父/白いカーテンのような、霧のような/白い煙が人の形になっていく/イタチの行列

三重のキジムナー/キジムナーの火の玉/座間味島のキジムナー/座間味島・声が聞える/足が見える、手が見える/雪の山の足だけの幽霊/旧陸軍の行進/迎えにきた死者たち/おじいちゃんのお母さんが死ぬ時/馬が迎えにくる/自分の墓を見にいく/死者がカメラのシャッターを押す/幕がひとりでに動き出す

にゃんこと来たよ/もの言う猫/風呂に入る猫/いい湯だな/ききわける猫・モグラをとってくる/ききわける猫・子猫をすてにいく/猫の死の谷/一泊していった蝶/最後のキャンデー/彼岸花/ビル建設現場の怪

二百三高地からの死の知らせ/軍服姿で門口に立った夫/ガダルカナルではナィ/生き返った父親/中学生の声が聞える/ひめゆりの女学生たちが/引出しの指/琵琶湖、長命寺港のトイレで/何ものかに憑かれる/亡者道/アイチ/あの世の入口

アンティークな家具や壁掛けの祟り
 初代、引田天功さんが亡くなったのは、1978(昭和53)1231日のことだったが、その直前、はかま満緒さんは天功さんの家を訪れた。アンティークの家具やゴブラン織の大きな壁掛けがある不思議な雰囲気の家だった。その直後、天功さんは心臓発作で亡くなった。
 家族がアンティークの家具や壁掛けの処置に困っているというので、はかまさんが引き取ることにした。その壁掛けは宮廷の家族が庭でたのしく遊んでいる図柄だった。それらの品を居間に飾った直後、はかまさんは交通事故にあった。それと全身に吹出物がでた。それだけでなく、火事になったのである。
 消防車によるすさまじい放水があったのに、その壁掛けだけが濡れていなかった。なんとも奇妙なことだった。
 そのあと、占い師のモイラさんが、はかまさんの番組に出演した。そのときこの話をすると、最近アンティークなものを買いませんでしたか、と言われた。
 「そういえば家具と壁掛けを」
 と言うと、それですよ、と言われた。アンティークなものには、古い霊の思いがこめられているので、よくそういうことが起るという。そういうものを買ったときには、オリーブと塩で清めなさいと教えてもらった。
 家具と壁掛けは天功事務所に、お金はいらないからと引き取ってもらった。そのとたんからだじゅうの吹出物は消えた。
 NHKの番組に、はかまさんといっしょに出演したことがあり、終了後はかまさんが話してくれた話である。
/戦死した兄と夢で会う/地面が丸く、くぎれて/遊びに来た子/座敷の床下に埋まっていた赤ん坊/戸や襖のない家/幽霊に会う/防空頭巾の亡霊/死んだじいさんの訪れ/「写ルンです」/幽霊坂/青い人魂/天火/阪神パーク前の火の玉/寄ってきた灯籠

10

カチッとカギをあけて入ってくる幽霊/カンカンカンカン走りまわる幽霊/幽霊のすむ工場/検品をする幽霊/ソロバンをはじく幽霊/インドネシアの幽霊/桜の下の死体/病院からタクシーに乗った死者/沖縄で語られるタクシーの幽霊/八甲田山の幽霊/花野

11

バイクに添うてきた火の玉/自転車に添うてきた火の玉/山の精霊の声か、天狗か/高社山の天狗/蛇からのサイン/ほんとにあったのよ/豆電球みたいな火に囲まれて/襖のむこうにいた人/スプリンクラーの怪/富士樹海の死体/蛸壺/豆粒ほどの兵隊たち

12

遠野市立博物館の座敷わらし/祭りで踊っていたのは座敷わらしか/電柱の上に立つ幽霊/墓からのサイン、あ、り、が、と、う/顔にはりついた忌中の紙/孫娘のところへ暇乞いに行ったおばあさん/いま、あの世へ行こうとして/写真に落武者が写っていた/私はマサコ

13

敦子さんのこと、見えるようになるまで
1 脱け出す魂/2 座敷わらしのように/3 法事をやり直させた曾祖父ちゃん/4 からだに入りこむ/5 家探しに行って/6 人が増えていく写真/7 死の知らせ/8 石がしゃべり出す/9 道を選ぶ/10 阪神大震災の朝/11 生霊のこと/12 あの世に行かせる/13 通夜の晩/14きらきら光る寺

池に音楽を聴かせる

あとがき

 『あの世からのことづて』を筑摩書房より上梓したのは198412月で、二十年の歳月が経ったことになる。サブタイトルを〈私の遠野物語〉とし、新聞連載で字数に限りがあったから、文体も自ずから無駄を省いたものとなり、私にとって愛着の深い一冊である。
 文体に違いはあるが、今回まとめたこの一冊は、『あの世からのことづて』の続篇として雑誌「びわの実ノート」に連載を考えたとき、突然「異界からのサイン」というタイトルが浮かんだ。
 かつて『現代民話考4 夢の知らせ』の前文で、能舞台について触れたことがある。この世という舞台があって、もう一つあの世という舞台があるのではなく、鏡の松はそのままに、一つの舞台は現世でありあの世である、二重構造なのではあるまいか・・・・。
 その思いは今も変わらないが、二十年過ぎたいま、ひとを越えた、はるかな宇宙からのサインも私たちの許へ届けられているのではないか、と思うのである。たとえば水が私たちの言葉や音楽に反応するように。
 この二十年は、『現代民話考』(全十二巻)の上梓、NHKテレビの「人間大学」で「現代民話・その発見と語り」を全十二回放映、それを中公新書に『現代の民話』としてまとめるなど、現代民話を問う仕事が多かった。その中で多くの方がたから、まさしくあったること、としてお便りや語りをいただいた。どこかでまとめておきたいと思っているうちに、1997年、師・坪田譲治の志を継ぎ、同人と雑誌「びわの実ノート」を創刊。十三回にわたって「異界からのサイン」を掲載した。筑摩書房の中川さんよりお声があって、いくつかの話も加え、今回、単行本にさせていただいた。
 貴重な体験を聞かせて下さった方がた、筑摩書房の中川美智子さん、装丁の多田進さん、有難うございました。
2004725   松谷みよ子