芸能入門・考-芸に生きる-  小沢昭一・土方鉄  明石書店

1981107日初版第一刷発行   写真 本橋成一 装丁 山岸田鶴子 0070-0017-0182

芸能入門・考 表紙画像

目 次

はじめに 土方鉄

第1章 民衆の芸能をたずねて 小沢昭一

大道芸人のメッカ、大津/芸能の源を探る/全国各地を歩いて/才蔵役苦心談/「猿まわし」復活

第2章 芸能の底流 土方鉄

その1 夢で見てさえよいとや申す/その2 飴色の四ッ竹も虫くいとなり/その3 早くいにたい巡礼橋こえて/その4 雪もちらつくし子も泣くし/その5 ほんまに歌うことが好きですねん/その6 念仏くどきにのせまして/その7 役者・川浪正二郎のこと

第3章 差別と大衆文化-中世賎民文化の遺産をうけつぐもの-土方鉄

放浪芸の祖・乞食者(ほかいびと)/太郎冠者からの視線/弱者へのいたぶりを笑う/すさまじい説経のドラマ/現代芸能の堕落/大衆文化の核に賎民の伝統を

第4章 芸能と被差別 小沢昭一・菅 孝行

芸能者の営業原理を考えてみたい/ストリップのお姉さんは芸能の原点に立つ/“新玄人”像を作りたい/被差別をバネにしたエネルギー/変わる芸能者の条件/滅びつつある諸芸能/権力と民衆の間で/被差別者が作ってきた日本文化/天皇制の根っこを掘り崩す

第5章 芸人バンザイ 小沢昭一・土方鉄

芸能史をたどるための重し/九州の役者村/意欲的な世襲を考えてみたい/好きにならざるをえなかったということ/放浪芸人の知恵/大道芸を今に生かすために/芸にまつわるつらい記憶/価値観から変える/アイヌ文化はいま/芸居小屋と客/カブキものの精神を鑑に

あとがき 小沢昭一

初出一覧

あとがき 小沢昭一

 明石書店さんから、以前「東京部落解放研究」という雑誌に載った、菅孝行さんと私との対談に加えて、新たに、土方鉄さんと芸能に関する対談をし、それを合わせて一冊の対談集にしたいというお話をいただきました。
 もちろん私はよろこんでお引受けし、その土方さんとの対談は、まず、雑誌「部落解放」に掲載されたのですが、それらが一冊の本になるについて、その前に私はこんなお願いをしていました。
 それは、かつて私が編集、発行していた雑誌「芸能東西」に、土方さんの「芸能の底流」という連載を頂戴していたのですが、私としては、それを単行本にさせていただこうと思いながらも経済的事情で出版出来ないままにあったので、この際、何とかこの本に「芸能の底流」をも含めさせていただけないだろうか。ついでに、私の、雑誌「部落』に載った「民衆の芸能をたずねて」(一九八〇・七・二九、於大津市県立体育館、第二九回全国部落問題夏季講座に於ける講演)という話も加えて下さると有難いのですが、ということでありました。そんな、いささか勝手な私の希望がかなえられて、この本の構成が出来上ったわけです。
 それはそうと、私は、芸能民の被差別の歴史や、職業芸能の本質といったような問題を、芸能の実際活動にたずさわってだいぶ経ってから、少しずつ知るようになったのですが、もし、若い時から、それを考えていたなら、仕事の仕方が、もっと根底から違っていたのではないかと思われ、しくじったなという気持と、今からでもおそくないという考えとが錯綜したまま、いずれにしても、どうも遠廻わりしてしまったと、いまは感じているわけです。
 また私は、若い時、敗戦という価値観の大転倒の時代に育ったものですから、以来何事につけ眉にツバをつけて、じっくり考えようというクセがついてしまったようです。けれども、ただ考えたってはじまらない。人間は、どこかで結論を出して行動しなければならない、とその後だんだん思うようになりましたのは、男一匹、人生も後半になりますと、そうそう、沈思黙考ばかりもしていられないからなんです。
 けれども、若い時こそは、よくよく考え抜いた方がいいと思いますね。私の青春が、あまり考えさせられない日々であったから、余計そう思うのかもしれませんが……。
 そんなこんなの気持から、本書の題名を『芸能入門・考』としたかったわけです。もっとも、「考」というのは、ふつう単に「考える」というより、辞書によると「ある物事の起源、沿革などについての判定」とありますが、同時にぜひとも未来に目を向けて、これからの芸能、これからの職業芸能人のあり方について、じっくり考えていただきたいと思います。
 もしこの本が、若い人たちに、そのための踏み台となることが出来れば、こんな喜しいことはありません。
一九八一年初夏