海民と日本社会 著者 網野善彦 新人物往来社
1998年9月1日初版第1刷発行 ISBN4-404-02631-5 COO21
目次
海民と日本社会
日本人の自己認識の現状/百姓は農民、「村」は農村という誤解/誤解の根深さ/日本列島の社会と海民の諸活動/今後の課題
海の領主 安藤氏と十三湊
近代の「常識」を疑う/非農業分野への視点/貴重な十三湊の発掘/海上交通の大動脈、日本海/朝鮮半島との関係/列島横断ルートのさまざまな可能性/日本史像への根本的な再検討を
能登の中世
はじめに-時国家の調査について/能登の豊かさ-「頭振」の実像/「百姓」とはなにか/能登の「百姓」の生業/中世能登の都市/中世の市庭と都市/備中国新見荘の経営-請負代官の仕事/市庭都市の実状/むすび-残された課題
東海道の津・宿と東西の王権
はじめに/東海道の出現/東と西を結ぶ道/中世の宿/むすび
河海の世界 尾張・美濃
濃尾平野の多様な生業/海と河川による交易の道/尾張をめぐる諸勢力の対立/市・津・宿
紀州の山村と海民
はじめに/能登半島の特質/半島を拠点にした漁民の活動/牛馬飼養や養蚕、炭焼/材木と榑桝-海と山の交流/非農業部門の研究の必要性
内海の職人・商人と都市
はじめに/海の生業と「職人」/山の生業と「職人」/都市の形成と請負代官/むすび
瀬戸内の島々 紙背文書にみる歌島
「中国」という地域名/「百姓」は農民を意味しない/養蚕、織物と女性/年貢となった塩・紙・鉄/厳島神社所蔵の反古裏経紙背文書/遺跡の上に立つ尾道/海賊と海の領主/朝鮮半島と瀬戸内海との関係/
海上交通の要衝、宗像
海の民を解く糸口/奥能登・時国家の調査から/浮かび上がった海の民/海上交通上の宗像
世界に開かれた日本列島
「閉鎖的な島国」は事実か/東大寺の再建は日宋共同事業/異国の商人もいれば金髪の山賊もいた
新しい歴史学を拓く地域史研究
地域史研究の現状/地域の捉え方/地域史研究の個別事例
あとがき
日本列島の社会と海との関わりの深さ、そこで海民の果してきた大きな役割については、最近、ようやく本格的に目が向けられるようになってきた。そして、従来、"例外"として片づけられることの多かった海民の生活、その形成する独自な世界も次第に明らかにされ、海そのものの持つ陸とは異なる自然としての特質が、その中で解明されようとしている。
またそれとともに、海や山、川や野の複雑な関わりを通じて形成されてきた列島の多様な自然、その中で展開される人間の社会のあり方、地域社会のそれぞれの独自な個性が、地域史の研究などを通じて追究されはじめたことも、近年の歴史学の顕著な新動向といえよう。それは日本社会が決して「単一」「斉一」「均質」なのではなく、アイヌ・沖縄はもとより、本州・四国・九州においても地域に即して個性的で、ときには相互に異質といってよいほどの差異をもつ社会の複合体であるという鮮明にしつつある。
さらにこうした研究の進展とともに、前近代の日本の社会が「自給自足」を基本とする「農業社会」であるとする従来の「常識」も、また、根底から崩れ去り、非常に占い時代から河海等を通じて、活発な交易が広域的に展開し、とくに十三世紀後半以降は、商工業、金融、運輸、情報伝達がきわめて活発に展開した都市的な特質を色濃く持つ経済社会であったことが明らかにされつつあるといってよかろう。
本書はこうした諸問題について、機会を与えられたのを幸いにまとめてみた小論、あるいは各地域で催された学会やシンポジウムのさいに行った講演の記録のいくつかを集成したもので、最初と最後の章をのぞき、ほぼ東北から西南の順に並べてみた。
このように、もともと時に応じ、地域に応じて書き、かつ語ってきたものなので、重複が目立つ。文体の不統一とともに、この点は読者の御容赦をいただくほかないが、ただ「百姓=農民」という誤った思いこみが、われわれの頭に驚くべき根深さですりこまれている現状では、このくらいの繰り返しでも、まだまだ足りないということもできると思うので、あえてそのままにすることとした。
各章の本文は、基本的には初出のまま出してあるが、一部、削除した場合もあり、また文章を補正し、補注を付したものもある。いずれにせよ、まことに不十分な内容であるが、多少とも大方の御参考になれば幸いである。
本書がこのような形でまとまったのはひとえに酒井直行氏の御尽力による。酒井氏はあちこちの雑誌や書物に掲載された拙文を集め、順序立てて、ここまでにして下さった。衷心より、酒井氏に感謝の意を捧げたいと思う。
1998年7月10日 網野善彦
初出一覧
「海民と日本社会」(原題:LES JAPONAIS ET LA MER)『Annales』1995年4月
「海の領主 安藤氏と十三湊」(原題:中世の日本海交通)『中世都市十三湊と安藤氏』新人物往来社1994年12月
「能登の中世」(原題:中世能登の社会をめぐって)『加能史料研究第8号』1996年3月
「東海道の津・宿と東西の王権」(原題:中世の東海道、水陸の道と宿)『広重 東海道五十三次』小学館1997年7月
「河海の世界 尾張・美濃」(原題:河海の交通と尾張)『継体大王と尾張の目子媛』小学館1994年3月
「紀州の山村と海民」(原題:半島社会の特質をめぐって)『半島・海と陸の生活と文化』雄山閣出版1996年
「内海の職人・商人と都市」『中世の風景を読む第6巻-内海を躍動する海の民』新人物往来社1995年8月
「瀬戸内の島々 紙背文書にみる歌島」(原題:中世瀬戸内の海民)『瀬戸内の海人たち』中国新聞社1997年10月
「海上交通の要衝、宗像」(原題:中世の海上交通と北九州)『中世の海人と東アジア』海鳥社1994年2月
「世界に開かれた日本列島」『国際交流63号 特集日本人と多文化主義』1994年3月
「新しい歴史学を拓く地域史研究」(凍題:地域史研究の現状と課題)「地域史研究第26巻第2号』尼崎市立地域研究史料館1997年3月