玉川信明セレクション 日本アウトロー烈傳 5
大正アウトロー奇譚(きたん)-わが夢はリバータリアン
2006年2月 社会評論社
現代は戦前をも含めて、あらゆる思想哲学の効用性がためしつくされた時代であり、いわば虚無の時代である。この状況にどう対処するか? すでにそうした問いも虚しく宙に吸い取られていくような状況ではあるが、過ぎ去った歴史に説明と教訓を求あるよりいたしかたないのではなかろうか?
ことに日本では、大正の思潮にまで溯れば、現代にも通じる、さまざまな暗示と展望がほの見える時代といえる。
大正時代(1912-25)は、第1次世界大戦、ロシア革命、米騒動そして関東大震災と、国内外で次々に歴史的体験をする。抵抗から生まれた演歌、浅草オペラ・映画人、混血の戯作者、労働者作家、ポルノ出版、南蛮学、浪華の社会運動家-。大正アウトローたちが時代を駆ける。
本書は1977、78年作品の再編集版。多彩な人物評伝を愉しみながら、著者が意図した大正時代の猛烈な雰囲気をぞんぶんに味わってほしい。
これらのうちには、今日からみればマイナークラスの文士にすぎない者がいるだろう。しかしそこがむしろリバータリアンたるゆえんでもあり、マイナーであるところに、この種の人物の詩と真実があった。その歴史上の閃光は永久に消えないはずである。
アウトロー=根源的「自由」、それゆえにリバータリアン(自由人)とも呼ばれ、アフランシ(解放者)の意ともされる。しかもこの自由は個において実現する。個がないと自由は死んでしまう。
したがってこのイズムは同時に個の思想でもある。個の思想において同時にコスモポリチズム(宇宙思想)でもある。すべての事象は対象があることにおいて、初めて存在するのであり、個は全を想定しなくては成立しないものだ。
個即全において、この思想は全体となる。「梵我一如」(宇宙と我は同一)となる。全面性即梵、個はそのこと自体において宇宙となる。もし神というものがあるとすれば、この梵こそわれであり、われにおいて自由が再現する。
自由は固定されない。移動こそが原理だ。したがってちょっとした移動、日常から少し離れることが喜びであり、可笑しげなる道ということになる。アウトローイズムはそれゆえに人間の根本的快楽を包含している。つまり今風にいえば、このイズムは根本的なエンターテイメント(娯楽)を擁しているのである。人間的にこんな深いエンターテイメントを他に見ることはできない。エンターテイメント即アウトローイズムなのだ。
その意味でここに挙げた人々こそ、真のエンターテイメント・プレイヤーであり、こんな愉快で面白い人物群は他に見られないはずだ。しかもどんとこの<プレイヤー軍>は人生教訓も提供してくれる。それはアウトローにおいて初めて実現されることなのである。
われらがアウトローにおいて楽しみ、且つじっくり学ぼうではないか! 玉川信明
1.添田唖蝉坊 民衆の怨歌師
人生観が根柢から一変/血の雨が降った選挙戦/典型的な外柔内剛タイプ/道頓堀に拠点を築く/反戦演歌とのなれそめ「ゼーゼー節」で増税批判/いろは長屋の句会/演歌師と遊女の親近感/民衆娯楽に視野を広げる/大震災の焼土の果てに/残念な「新体制」への傾斜
2.獏 与太平 夢を食い続けた男
浅草オペレッタ「トスキアナ」/演歌からオペラへ/警察が楽屋に眼光らす/闘いを求めて映画に進出/無頓着だった私生活/帝キネとけんか別れ/持ち合わせた近代人の眼/「傾向映画」の渦の中で/突如、映画界を去る/どこまでも夢を食う男
3.大泉黒石 混血の戯作者
おおいずみこくせき(本名清、ロシア名キヨスキー)/“目的の否定”の根底/ロシア革命を体験/胸底の虚無と屈折/作家生命は終わったのか/内包された繊細な精神/ひと味違う貧乏ぶり/孤独放浪の世界へ/日本の破滅を見抜く
4.武林無想庵 女と文学のコスモポリタン
女と放浪の文士/絶望の中をさまよう/“本能賛美論”を紹介/文子とパリに旅立つ/異郷でコキュの嘆き/ピストルで撃たれた文子/強制送還の扱いで帰国/人生放浪の“根”は何か/老いて生涯の妻を得る/まさに日本人ばなれ!
5.宮嶋資夫 アナの労働者作家
「坑夫」の作者/大杉栄との出会い/名作「坑夫」を著す/比叡山に魅かれる/秘めた底抜けの善良さ/大杉の虐殺と虎の門事件/呑んで荒れた文士たち/自己の不徹底さを自覚/一切を投げうって仏門へ/つきまとった心の苦痛/晩年に精神転換をとげる/
6.梅原北明 ポルノ出版の王者
近代日本軟派文献の王者/悪ふざけの若き日々/処女作は悪魔主義で/奇略で「デカメロン」出版/エロ・グロの時代潮流/身にあまる“禁止勲章”/多かった秘かな支持者/女学校の英語教師に!/憲兵に追われ地下潜行
7.岡本良知 反俗の南蛮学者
日本史に重要な南蛮学/精力的に一次史料を探究/手づくりの鳩鍋を振舞う/“動”の感覚に生きる/ブラジルに抱いた夢/狷介さと愛情が併存/骨っぽい生き方の根源/海外で高い評価を受ける
8.逸見直造 浪華のリバータリアン
この子にしてこの母あり/叔父、東洋の影響/地獄へゆきやがれ/じっくりみた米国の運動/大阪人の斗(たたか)い振り/貧民長屋を建てる/映画館の支配人となる/奇抜な社会主義宣伝/大阪全市民を巻き込む/大阪のヤクザは東京と違う/大阪の米騒動の発端/自分は実行派である/住宅問題に火をつける/巧みな創造的戦術/「早う芝居やりおれ!」/直造避妊具をつくる/人助けに堕胎まで行う/釈放後のあっけない死/俺は金とる名人やでえ/今日も見習うべき特性
9.和田栄吉 正進会の暴れん坊
侠徒を手なづける/俺のバクチは物理的/大杉栄らの回想/第5回メーデーの総司会者/監獄はわが大学/度胸人生は今も・・・
補遺 わが夢はリバータリアン
玉川信明(たまがわ・のぶあき)
1930年富山市旅籠町に生まれる。
竹内好に師事。
主な著作に「評伝辻潤」(三一書房)、「エコール・ド・パリの日本人野郎」(朝日新聞社)、「開放下中国の暗黒」(毎日新聞)、「ぼくは浅草の不良少年」(作品社)、「我が青春、苦悩のおらびと歓喜」「現代思潮新社」、「夢はリバータリアン」「和尚の超宗教的世界」「異説 親鸞・浄土真宗ノート」(以上、社会評論社)など多数。
2005年、当セレクションの完成を待たずに急逝